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2007/02/04

産む機械

”産む機械”

この発言から幾日か経ってますが、いちおう産む機械と言われた側としては、一言残しておこうと思います。

 

柳沢厚生労働大臣が松江市の集会で発言した、女性は「子供を産む機械」。

びっくりです。

「辞任の声が高まってますが?」という記者の質問に逆ギレ。

その後、「妻に叱られました」とか言ってるけど、笑いながら言ってる姿に幻滅です。

たしかサンデーモーニングだと思うんですが、そのコメンテーターの女性の方が言ってたんですが、

「少子化問題とか、数字で見てるからこういう発言が出たんじゃないか」と。

たしかにそうかなと思いましたが、ただ、この発言のあった集会の中で、何度も機械発言があったということなので、普段そう思ってると取られざるを得ないと思います。

そして、自民党からは擁護発言として、

「前後の話もあるから・・・」

みたいなことを言ってる議員がTVで流されてましたが、それってどうなの??

たしかに、前後の話を見て判断しなければいけないことってあると思うけど、この一言ってこの一言で十分の判断材料だと思います。

すぐに謝罪・訂正したってことで辞任なしという意見もありますが、これが日本を支える閣僚の発言と思うと、恥ずべき内閣であると思います。

この発言で更迭がないということは、この発言を軽く見てるんでしょうね、首相は。

女性が、苦しくて辛くて痛い中妊娠と出産をするのに、不用意な発言と見過ごせるほど、軽い発言ではないと思います。

女性が産む機械なら、男性である自分はなんだと思ってるのか、質問できるなら聞いてみたい。

今日の選挙結果によっては辞任かもと噂されてますが、そんな結果で動くなんて・・・

発言に対する責任はないんですね、政治家って。

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2006/09/11

5年前

5年前の今、TVの前で衝撃を受けていた。

NHKの”ニュース10”を見てるときだった。

アメリカでおこった出来事に、言葉を失った・・・

当時、NYには友人が住んでいた。

そこにあの出来事。

数日間、その友人との連絡が途絶えた。

無事かどうかわからなくて、とても不安になったことを思い出す。

そして、無事だというメールが届く。

PCを持っていなかった友人は、連絡する術であったネットカフェが使えずに連絡ができなかったという。

ほっと一安心。

しかし、NYの混乱がメールからひしひしと感じられた。

その後友人は日本に帰国。

じつは5年前、年末にその友人に会いにNYに行くつもりだった。

結局、NYに行くことはなく今に至る。

人生何があるかわからないと思った。

今でも、あの衝撃は忘れられない。

Arukikata 旅行するために買った”地球の歩き方”

2001-2002年版・・・時は止まったまま

本の中の”WTC”は今もそのまま Wtc

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2006/08/25

冥王星

天文学会で、冥王星が惑星から削除されましたね。

冥王星って、アメリカの学者が見つけたんだってね。

まぁ、私には?なことだったんだけど、知らない間に関わってました。

それは。。。。。

Pluto ディズニーキャラで好きなプルート。

←めちゃめちゃかわいい!!大人(20歳)になってから自分用に買った唯一のぬいぐるみがこれ。

プルートって、冥王星から名付けられたってどこかのコメンテーターが言ってました。

真実は調べてませんが、とにかくアメリカで冥王星は身近ということなんだろうね。

私と冥王星との関係は・・・

海王星と冥王星が入れ違ったかどうかで、学生時代混乱してたってことぐらい。

水金地火木土天海冥か水金地火木土天冥海ってことね。

それぐらいしかないけど、やっぱり惑星からなくなるのは寂しいかな。

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2005/08/09

9月11日

衆議院 解散総選挙投票日 9月11日

小泉首相はなぜ、あそこまで郵政民営化にこだわるのか・・・

解決していない問題は山積みなのに、ここで解散していいのだろうか?

かなり不安である。

公約を守らない議員がいる中で、形は違っても公約を守ろうとしたという点だけは評価するが、公約内容次第であるし、なにより権力を持って押さえつけるような態度は、恐怖でもある。

しかし、以前から小泉首相は公約にのせていた訳であって、その中で選んだのは国民である。

9月11日の審判はどう出るのか・・・参加しつつ見守りたい。

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2005/02/08

命について

今日、日テレのニュースの特集で興味深いものがあったのでそれについて。

子供たちが命について考える

というものでした。
途中から見だしたので、どこの小学校の取り組みかはわからなかったのですが、
命について考えることを学校全体で取り組んでいる小学校の取材でした。

はじめ、”死”について書いてある絵本を読んで、生徒にアンケートを取っていました。
死とはどうなることか?など。
そして、”自分が思う命や生や死を写真に撮る”という課題が言い渡されます。
ある女の子は、赤ちゃんの誕生を写真に撮りたいと思い、ある男の子は、生や死を身近に感じられずに迷っていました。
この小学校は、学習旅行に沖縄に行っています。そこで、沖縄戦の資料館やひめゆり部隊の方の体験を聞いたりしていました。
その後、旅行から帰ってきて、写真の発表。
一人は永遠に続く青空、一人は落下したときに命を助けてくれた柵。
迷っていた男の子は、”家族”の写真を撮っていました。家族がいなければ。自分は存在しないと。
彼は、沖縄で野戦病院として使っていた壕に入ったとき「死」と書かれた落書きを目にします。
それを見て、この落書きが書かれたことに怒りを感じ涙していました。

壕の映像が映っているとき、私も「LOVE」と書かれた落書きを見つけました。
少し前に、広島の原爆ドームの落書きも話題になりました。
この落書きを書く人は、生と死なんて軽くしか考えられないのだろうと思うと悲しくてなりません。
それを彼が感じていたのにすごくほっとしました。

今どのような学校教育が行われているか知りません。
私のときは、原爆と戦争について毎年勉強していました。
修学旅行で長崎と広島にも行き、原爆を体験された方の話を聞きました。
この経験は、今の私に大きく影響しています。例えば戦争が起こったとき。このときに見た映像を思い出します。そして、なぜ戦争を起こさなければならないのか、早く終結してほしいと願います。
この思いは、一人の小さな思いです。でも、このように感じる人が増えることは社会的に大きな影響になると思います。そのためにも、生や死を考える授業は必要だと感じます。
幼いときに学ぶから、大人になっても心に刻まれているものは多数あります。その中に、「生と死」を刻むような教育(学校だけでなく家庭でも)を望みます。

050208_010501playここで、私が思う生や死の写真を。
私が苦しいとき、悲しいとき、楽しいときを共に過ごしてきた芝居を。くじけそうなとき、芝居への想いが支えてくれました。
今はあまり触れる環境にはないので、きっと数年後は変わってるでしょう。でも、今まで生きてこられたのは芝居があったからといっても大げさではありません。私の生きてきた証です。

あなたにとっての生きてきた証は何ですか?

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2005/01/18

阪神大震災

1.17が過ぎました。10年前、くずれた町並みをTVでみて衝撃でした。当時高校生だった私は、おきらくに毎日を過ごしていて、一瞬で今までのものがすべて無くなることがあるなんて思ってもいませんでした。地震を初めて意識したとも言っていい日となりました。
阪神大震災が起こって5年後。私は東京に住んでました。友達の家で何人かと泊まった日のこと。朝の7時ぐらいだったと思います。寝ていた私たちは、グラグラっと感じて飛び起きました。びっくりしてTVをつけました。そのときの震度は3。阪神大震災から比べると少しの揺れですが、ものすごく怖く今でも思い出します。
震度3でこの感覚なのだから、阪神大震災や新潟中越地震、また日本以外でも多くの災害にあわれた方々は、一生忘れられない記憶として残っていくのだろうと思うと、残酷でなりません。
しかし先日、NHKのプロジェクトXの六甲道駅の復興を見たんですが、復興への情熱のすごさを感じました。今もそうです。強いなと思いました。ニュースのインタビューではまだまだ本当の復興にはなってないとおっしゃってたので、一日も早く街もですが心も回復されることを祈ってます。
最後に、たくさんの方がこの日亡くなりました。心よりご冥福をお祈りします。

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